豊洲市場 第2回市場問題PTの感想

 第2回市場問題PTの動画を見た。

市場問題プロジェクトチーム
http://www.toseikaikaku.metro.tokyo.jp/shijyoupt-index.html

 「専門的見地からの知見の集約を行うため」。これが設置要綱に謳われているこの会議の目的だ。ただし、見たところでは、見解の相違があるような事柄について、専門的議論をたたかわす場ではないようだ。専門家の常識を一般の人にわかり安く説明するのが目的のようである。それは、冒頭の座長の発言からも伺える。

 一般の人にわかり安く説明するのは重要である。しかしまた、一方でポピュリズムに陥る危険もある。会議の様子は中継配信されており、視聴者を意識したパフォーマンス合戦にならないとも限らない。これは杞憂に終わらず、まさに、一般向けパフォーマンスを実践していたのが、問題提起者として出席していた高野 一樹氏であった。危険と誤解させる模型を持ち込んで説明していたが、会議メンバーに見せるものではなく、カメラの向こうを意識していたのだろう。メンバーには建築構造の専門家がいるので、あのような子供だましの模型が通用するはずがないからである。高野 一樹氏の説明は、他の部分でも「専門的見地からの知見」というよりも、建築家が一般のクライアントにプレゼンテーションしているような調子であった。このパフォーマンスは他のメンバーにとっては釈迦に説法であるし、それだけでなく実際とかけ離れた模型には、かなり怒っているメンバーもいた。

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 さて、この会議では、次の3つの事項について知見の集約を行うため質疑が行われたが、議論というほどのものはなかった。日建設計の説明でほぼ疑義は解消されたからである。

1.防水押さえコンクリートの厚さが間違い。(構造計算書1cm:実際15cm)
2.積載過重の妥当性
3.地下ピットのモデル化の妥当性

 1.2.については、手続き的な処理は別にして、実質的な安全性は確保されているとほぼ確認された。3.については、法的な問題はないという合意に達したが、モデル化の妥当性については引き続き専門的議論を行うということになった。

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 ここからは、全くの印象になるが、引き続き行う専門的議論というのは、時間の無駄にしかならない議論を本会議で行わないためだと感じた。モデル化の妥当性は日建設計が説明しつくしており、専門的議論を行うような未解決の問題は残っていない。にもかかわらず、高野 一樹氏は納得しなかった。多分、これ以上議論しても納得しないであろう。終盤で、高野 一樹氏は専門用語を使い、細かい議論を始めだした。一般の人は、なじみのない言葉で、なにやら専門的に高度な議論が始まったのかと勘違いするかもしれないが、往生際の悪い引き伸ばしにしか見えなかった。

 というのも、「3.地下ピットのモデル化の妥当性」は一般の人でも、大意は理解でき、特別高度な事項ではないからだ。以下に、日建設計の説明をさらに砕いて説明してみる。

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 先ず、地震力が建物にどのように作用し増幅するかの一般的説明をする。高校物理の知識があれば十分理解できるはずだ。

 建物の建っている地盤が揺れると建物も揺れる。一般的に、その揺れ方は建物の上階程大きくなる。何故かと言うと建物は力を受けると変形するからだ。超高層のような場合は必ずしもそうはならないが、豊洲市場程度の4,5階建てでは各階は図に示すように揺れる。揺れの加速度に応じて作用する地震力(慣性力)も増える。これが基本である。(図1)

 ここで、地下1階地上4階の建物と、地下無地上4階の建物を比べると、地下があっても、無くても、地盤面の揺れは同じであるから、1階以上の地上階の揺れと地震力は概ね同じである。厳密には、あとで述べるように違いがあるが、法令上も振動解析を行うような場合を除き、同じ地震力でよいことになっている。(図 2)

 しかし、地下部分が周辺の地盤から切り離されていれば、1階床面は地盤面と同じようには揺れない。この場合の地盤面は地下1階のレベルであり、実質的に5階建てになる。従って、地盤で周囲を抑えられている場合と比べて、各階に作用している地震力は1階分上の大きさになる。最初に説明したように、上の階ほど大きな地震力になる。これが高野 一樹氏の疑義である。(図3)

 ここで、復習しておくと、階によって作用する慣性力が異なるのは、建物が変形して、各階の動きが異なってくるためだ。もし、柱が剛体でかつ建物全体の回転がないならば、各階は同じ動きをし慣性力も同じになる。基礎の沈下や浮き上がりがなければ、回転はしない。(図4)

 豊洲市場の地下部分は、ほぼ剛体とみなして構わないというのが日建設計の説明である。基礎底から1階床面まで5mの高さがあるが、変形は0.5m程度というから、1万分の1の変形角に過ぎない。つまり、基礎下端と1階床の揺れは同じで増幅しない。今回、高野 一樹氏から疑義を呈されたため、日建設計はわざわざモーダルアナリシスを行い、4階建てとみなしても5階建てとみなしても地上部分の地震力は変わらないことを示している。しかし、建築構造の専門家ならば、地下構造と地上部分の部材のプロポーションから計算するまでもなく、4階建てのモデル化で十分と判断するであろう。5階建てにモデル化するのは構造センスがないと言わざるを得ない。(図5)

 実はまだ続きがある。地震の揺れは建物の高さ方向で変化増幅するが、地盤の中でも同様に増幅している。地盤も変形するからである。従って、基礎底の高さでの地盤の揺れよりも、地盤面の揺れの方が大きくなる。ということは、5階建てモデルの最下層の揺れは、4階建てモデルの最下層の揺れより小さいのである。5階建てモデルの最下層に入力した揺れは地下部分がほぼ剛体ならば増幅することなく、1階床面に伝わる。つまり、実際には地上部分の地震力は5階建てモデルのほうが小さいのである。一般的に、地下のある建物は地震被害が少ないと言われるのこのためである。一般の建物の地下階は豊洲市場の基礎部分ほどではないが、少なくとも地盤よりはるかに固いので、このような効果がある。(図6)

 振動解析を行う特殊な場合を除き、通常は地下効果は考慮しない。従って、地下のある建物はない建物より余裕がある。剛強な基礎を深く地中に根入れした豊洲市場の建物も同様である。