複文を重文に復文

次の文は,公共建築工事標準仕様書の規定です。

調合強度は,調合管理強度に,強度のばらつきを表す標準偏差に許容不良率に応じた正規偏差を乗じた値を加えたものとする。

 非常に違和感のある日本語です。この文の修飾関係は次のようになっています。

  調合強度は 調合管理強度(A)に 値(E)を加えたもの
                         ↑
     強度のばらつきを表す標準偏差(B)に正規偏差(D)を乗じた
                             ↑
                   許容不良率(C)に応じた

 また,次の様に骨格だけにしてみると,その異常さが露わになります。

     調合強度は,AにBにCに応じたDを乗じたEを加えたもの
  
 Aに呼応するのはEですが,文末までなかなか現れず,更に途中にBやCやDが挟まっているので,読んでいて戸惑います。そこで,三つ出てくる「に」に呼応するそれぞれの語句はできるだけ近づけて,次の様にしてみます。

 調合強度は,許容不良率に応じた正規偏差を強度のばらつきを表す標準偏差に乗じた値を調合管理強度に加えたものとする。

 だいぶ,違和感は無くなりましたが,まだ「を」が二段階に連続するところでまごつきます。ややこしい複文はどうしても分かりにくくなります。この様な場合,次の様な単純な重文にするのが良いようです。

 許容不良率に応じた正規偏差を強度のばらつきを表す標準偏差に乗じ,その値を調合管理強度に加えたものを調合強度とする。

[単文とは・重文とは・複文とは]
http://www006.upp.so-net.ne.jp/inamoto/writing/yohgo/tanbun.html

 日本語は「てにをは」の助詞があるおかげで語順が比較的自由ですが,複文にすると,係り受けの関係が遠く離れた語句に及びます。そうなると分かりにくくなりますが,文法的には間違っていません。その典型が法令の条文です。

 一方,重文は分かりやすいですが,子どもの作文風で格調に欠けます。しかし,文章は絵画のように一瞬で全体像を見通せません。時間をかけて文頭から文末へとで順番に理解していきます。文末まで読まないと,文頭に出てきた語句が処理できない複文は脳にとって大きな負担です。日本語はあまり複雑な複文には向いていないように思います。

 ところで,日本語の修飾の語順は,節や句のような長いものを前に置くという緩いルールがあります。 

[修飾の語順]
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20151208/1449564277

 修飾節のある文は複文です。その修飾節を前に置くということは,後に続く記述と分離して重文にするのと同じ効果があります。しかし,修飾節が後ろに下がってくると,その節を挟んで係り受けの語句が離ればなれになりがちです。その極端な例が冒頭の仕様書の文です。少し複雑なことを一文で表現しようとすると,このような暗号みたいな文になってしまいます。

その場合は,複文を重文に復文。