復讐感情

Legal News(リーガルニュース)
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私は,死刑廃止論者に聞きたい。あなたの娘さんが,あなたの奥さんが,強姦され殴打され裂傷され,コンクリートに詰められて殺された,証拠隠滅のために生き埋めにされた,こういう場合でも,その加害者を死刑にしないでくれとあなたは頼みますか。(岡村勲弁護士)
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 法律は公法と私法に分けられます。公法とは国家と国民との間の権利や義務を定める法律で,憲法,刑法,民事訴訟法,刑事訴訟法などがその例です。それに対して,私法とは国民同士の権利や義務の関係を定めている法律で,民法や商法などになります。

 公法である刑法は国家と犯罪者という国民との関係に関するもので,国家に対する犯罪者の責任を規定しています。従って,犯罪被害者は刑事裁判の当事者ではありません。刑法の目的は社会の犯罪を減らすという公的なもので,刑罰による威嚇,犯罪者の再教育,あるいは,犯罪者の隔離によって,犯罪を抑止したり,犯罪が国民に影響しないようにするものです。公法はあくまで公共目的ですので,個別の犯罪被害者の救済や報復感情を満たすためのものではありません。それらが必要ならば刑法とは別の方策で行う必要があります。

 例えば,名誉毀損罪は刑法と民法の両方に規定がありますが,その目的は異なっています。刑法の目的は社会から名誉毀損という行為を減らし,国民全体の利益に資することです。一方の民法は,名誉を毀損した側とされた側の利害の調整を行うものです。従って,刑法では国家に支払う罰金の規定があり,民法では被害者に支払う損害賠償の規定があります。このため刑事で無罪になっても,民事では損害賠償を求められたりします。

 以上は,法学の基本で,教科書に必ず書いてあるらしいのですが,実際上は曖昧になっているそうです。何故,そうなってしまったのか理由は知らないのですが,刑法を厳しくしたいという意図がある場合には,被害者の報復感情や救済を強調すれば都合が良いだろうとは想像できます。

 法律の専門家である弁護士でさえ,公的な利益のためではなく,個人的な報復感情によって死刑廃止に反対するのは何故なのでしょうか。何らかの理路が有るようには見えません。確かに感情は一番重要なものですが,法的に手当できるようなものではないでしょう。単に,政治的に利用されるのがオチではないでしょうか。

 刑罰を民事の損害賠償のような被害者への補償と考えると,いろいろ奇妙なことになります。損害賠償とは被害者の財産や名誉などが損なわれた場合に,それを回復するものです。その手段は金銭や謝罪などです。そして財産や名誉は被害者が所有していたものです。このことから類推すると,殺人犯罪被害者の親族に何らかの補償するとなると,犯罪被害者は親族の所有物という解釈をしなければなりません。

 しかし,人間同士の関係に所有関係があるのは奴隷制ぐらいのもので,非常に違和感があります。さらに,私の親族が窃盗に遭ったり,名誉を既存されると,私の感情も大きく害されます。だからといって,損害賠償などの補償を要求出来るのは私の親族本人であって,私ではありません。私も何らかの精神的被害を受けているのは紛れもない事実だとしても,その補償はありません。殺人だけ特別扱いするのは精神的被害が桁違いに大きいからかもしれませんが,釈然としません。

 そもそも,相手に損害を与えることが,補償や救済になるのでしょうか。報復で回復するような損なわれた感情ならば,元々大した感情ではないような気もします。愛する人を失った深い悲しみが,加害者が死刑になることで幾ばくかでも癒されるのでしょうか。

 私にも報復感情はありますが,それで満足するのは,どちらかと言えばたわいのない事柄の場合です。深刻な事柄で,報復が大きいものになってくると,むしろ後味の悪いものになります。人命に関わるような経験は無いので,その場合はどう感じるか分かりませんが。