この点検を実施しない場合は,この点検を実施をしなければならない

1989年北九州市小倉の公団団地外壁が落下し、死者が出るという事故が発生し社会問題になりました。同様の事故はそれ以前にもありますし、現在でも続いています。建物は至るところに建っていますし、建物は劣化します。劣化し支えを失った高いところにあるものは落ちるのは自然の法則ですので、この危険は隕石が頭に衝突するよりもありそうだと想像できます。しかし、人間は放射能は怖がるくせに、身の回りの危険は気にしないものですね。とはいえ、建築関係者にとっては大問題で、法令改正も行われ、設計者や施工者、そして建物管理者の責任が強く認識されるようになっています。

 というような社会問題を論じようというのではありません。以下に述べるのは、どうでも良いといえばどうでも良いような話です。でも気になる人は気にするというような。

 法令の文章は分かりにくいことで定評が有りますが,「分かりにくい」のではなく「分からない」場合も有ります。
建築物の外装仕上げ材の点検内容と点検周期については、法令に規定があります。大元は建築基準法12条にあり、細部の規定が規則、告示等に定められています。

平成20年国土交通省告示第282号の別表の「調査方法」の記述

開口隅部、水平打継部、斜壁部等のうち手の届く範囲をテストハンマーよる打診等により確認し,その他の部分は必要に応じて双眼鏡等を使用し目視により確認し、異常が認められた場合にあっては、落下により歩行者等に危害を加えるおそれのある部分を全面的にテストハンマーによる打診等により確認する。ただし、竣工後、外壁改修後若しくは落下により歩行者等に危害を加えるおそれのある部分の全面的なテストハンマーによる打診等を実施した後十年を超え、かつ三年以内に落下により歩行者等に危害を加えるおそれのある部分の全面的なテストハンマーによる打診等を実施していない場合にあっては、落下により歩行者等に危害を加えるおそれのある部分を全面的にテストハンマーによる打診等により確認する(三年以内に外壁改修等が行われることが確実である場合又は別途歩行者等の安全を確保するための対策を講じている場合を除く。)。

 多分,即座に理解できる人は殆どいないのではないでしょうか。まず前提として,この告示の上位規定である建築基準法施行規則第5条に「点検は3年以内ごとに行う」となっています。それに加えてこの告示で点検の「調査方法」を規定しています。調査方法には2種類あり,それを行う時期も定めています。

 私の脳のワーキングメモリでは処理しきれない文章になっているので,少し整理します。この告示に出てくる句を次のように置き換えます。


 「手の届く範囲をテストハンマーよる打診等により確認し、その他の部分は必要に応じて双眼鏡等を使用し目視により確認し、異常が認められた場合にあっては、落下により歩行者等に危害を加えるおそれのある部分を全面的にテストハンマーによる打診等により確認する。」
→(レベルⅠの点検)

 「落下により歩行者等に危害を加えるおそれのある部分を全面的にテストハンマーによる打診等により確認する。」
→(レベルⅡの点検)

 要するに,手の届く範囲は打診しなさい,それ以外は目視して,もし落下して人に当たりそうな処で異常が有りそうに見えたら,その部分も打診しなさい,というのがレベルⅠです。
 落下して人に当たりそうな処は全部打診するのがレベルⅡです。

 以上の置き換えを行うと,次の様に告示は見違えるように簡単になります。

(3年毎に)レベルⅠの点検を行う。ただし,竣工後あるいは外壁改修後若しくは(前回の)レベルⅡの点検後10年を超え、かつ3年以内にレベルⅡの点検を実施していない場合にあっては、レベルⅡの点検を行う。(3年以内に外壁改修(等)が行われることが確実な場合は除く)

 通常,「点検後,○○年を超え,かつ△△年以内」と書いてあれば,○○年から△△年の間と解釈するでしょう。ところがこの場合,10年から3年の間となって意味が通りません。解説書を読むと,どうも,10年から13年の間という意味らしいのです。

 そうだと解釈しても,何か妙な感じが残ります。前提は3年ごとに点検をすることです。3年目,6年目,9年目,12年目という時点で,レベルⅡの点検が必要かどうかを判断する為の告示なのです。例えば,9年目の判断に際して,「10年を超え,かつ13年以内にレベルⅡの点検を実施していない場合」という未来の判断をしなければならないように読めて非常に違和感が有ります。こういう場合は,「10年を超えている場合」と書くのが普通ではないでしょうか。「実施していない」や「かつ13年以内」は余計です。

 13年以内と未来の事まで書いて有ることにあえて意味を見いだすと,未来の予定まで考慮して判断せよということになります。そうすると,12年目の判断は奇妙な事になります。12年目には実施するので,「10年を超え以内かつ13年以内にレベルⅡの点検を実施していない場合」には該当しないことになり,レベルⅡの点検は不要という矛盾になってしまいます。12年目の点検の実施を12年目の点検の実施で判断するという自己言及形の矛盾です。

 いや、判断する時点ではまだ実施していないので、「10年を超えかつ13年以内にレベルⅡの点検を実施していない場合」に該当するという解釈をするのなら、9年目も同じです。9年目にはまだ12年目のレベルⅡ点検を実施していないので、9年目にもレベルⅡ点検を実施しなければならないことになります。

 解説書等から判断すると,12年ごとにレベルⅡの点検を実施せよという単純な事なのですが。

 今回の記事は、殆ど実害のないことにたいする難癖のようなものと自分でも思います。細かいことを気にしなければ常識的に解釈は可能です。とはいえ、この告示の意味が咄嗟にはわからず、かなりの時間を無駄にしている人は私以外にも多いのです。そう言う意味で多少の実害はあります。